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原田と少弐のは、これです。
打ち込んだのが私なので間違いあれば申し訳ない。
原田家士博多津闘争事
永享四年壬子歳 五月下旬 筑前国秋月満種野心して 大宰少弐満貞を窺うよし
筑後国三原山城入道頻(しき)りに讒(そしる)せり
依(よ)って少弐 さらば秋月を攻んとて国中の勢を催し 夜須郡へ遣す
秋月は此の事 僻事(ひがごと)なりければ 過なきよし謝すといえ共 少弐許容せず
事已(や)に急なりければ 秋月方より高祖へ脚力を以て加勢を乞う
原田次郎太郎種泰 深江 波多江 小金丸以下の郡士を催して
肥前国基肄養父越に秋月に着き満貞を救う
兎角日数経るほどに 豊後大友より臼杵 古庄を両使として和平ならしむるに依って
少弐秋月勢を引上て帰陣す
種泰の士五六頭は 聊(いささか)用事有て 博多津に出て逗留す
同六月十五日 同津櫛田の社 祇園会の祭あり
神輿沖の浜へ御幸の後 山笠とて十二雙の作物を構え から組上に人形様の物居て これを掻棒をもってありく
前代曾(かつ)て無かりし事なれば 見物の貴賤幾千万人というも数をしらず
少弐の士並びに三原入道が士数輩上下二百余人同津に来て 是も彼祭の飾物を見る
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..2023/10/29 15:08:09(日) [32]
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